今日は何の日?

 今週の担当、鹿山です。更新日が6月10日ということで、「この日に生まれた、あるいは亡くなった科学者がいれば記事にしようかな~」などと考えて調べていると、6月10日がいろいろな記念日として設定されていることが分かりました。広島育ちの私としては、「路面電車の日」というのも気になったのですが、特に目を引いたのが「時の記念日」でした。

 今日では「日本人は時間に厳しい」というイメージが世界的にも定着しています。しかしながら、それは日本人に古くから備わっていた体質ではないようで、むしろ本来は時間にたいしておおらかな面もあったそうです。ところが明治以降、近代化政策を進めていく上で「時間を正確に守ることを教育して効率化を図る」ということが求められるようになりました。「時の記念日」はそういった社会的背景の中で制定されたものなのだそうです。

 “時”とは何なのでしょうか?自然を観察すると、様々なものが変化しています。川の流れはとどまらず、日の高さは一定ではなく、大気の動きを風として感じます。世界は私たちが手を加えなくても変化しており、その変化をもたらすものとして“時”を認識します。時の流れを感じることは変化を感じることなのです。

 人が“時”をとらえるための道具が時計です。時計には時間だけを計るもの、時刻のみを示すもの、どちらもできるものなどさまざまありますが、この発明と普及によって文明社会の人々は「私たちは同じ“時”を生きていかなければならない」という感覚を強く植え付けられることとなりました。日が昇り沈むまでの時間を早いと感じようが遅いと感じようが、時計という道具は客観的な“時”を人に示し続けるからです。

 このことはよく考えてみれば大変なストレスです。本来、“時”の感覚は人によって異なるにも関わらず、みんなが同じ基準に合わせて活動することを強いられるわけですから、大変でないはずがありません。とはいえ、みんながそれぞれの感覚で活動してしまったら現代社会は成り立たなくなってしまいますので、何とか折り合いをつけて生きていくしかないわけです。

 学生であれば授業には遅刻せずに出席しなければなりませんし、提出物の期限を守るべきです。そんな風に時間に縛られた現代的な生活には辛いことも多いですが、一方で“時間を忘れるくらい”楽しいことに出会うこともあります。何より流れてしまった“時”は、どんなに願っても戻りません。後悔しないよう有意義な“時”を過ごしていきたいものですね。